ブルー・モスクの西側に広がる広場ヒポドゥローム。ここはローマ時代の競馬場跡なんです。だから縦長の広場。この広場には3本のオベリスクがあります。←この画像はコンスタンチノープルのオベリスク。コンスタンチヌス7世が940年に建造した32mのオベリスク。当時は青銅で覆われていたらしいのですが、第4次十字軍によってはがされてしまったとか。 左手前に写っているのが蛇のオベリスク。ギリシア軍がペルシア軍に勝ったのを記念して、紀元前479年にデルフィのアポロン神殿に建てられたものをコンスタンチヌス1世がイスタンブールに運んだもの。青銅はペルシア軍の盾を溶かしたものだといわれているようです。先端部分には黄金の玉が飾られていたのですが、今は考古学博物館にあるそうです。 奥に見えるのがテオドシウスのオベリスク。エジプトのトトメス3世が紀元前15世紀にアメン神殿に建てたものを、390年に皇帝テオドシウス1世がコンスタンチノープルの運んだものといわれています。本来60mのオベリスクですか、運搬中に破損して、上部20mだけをここにすえられたんですって。残りはどこにあるんだろう。。。 スルタンアフメット・ジャミィ。通称ブルーモスクです。ミナレット(尖塔)の本数や高さは建立するスルタン(王)にとって権力の象徴だった。ブルーモスクは6本のミナレットがあるけれど、アフメット1世が「黄金の(アルトゥン)」と言ったのを「6本の(アルトゥ)」に聞き違えたからとも、黄金では費用がかかるので機転をきかせたとも言われています。 この画像には6本の尖塔がちゃんと写っております。 モスクにはメッカの方向を指し示すミフラーブというものがあります。左画像の真ん中の壁にあるのですがわかりますかね?絨毯にもミフラーブの絵が書かれていて、メッカの方向がわかるようになってます。 ここはモスク内のミフラーブから一番遠い一角にある、女性専用の祈りの場です。隅っこにおいやられちゃってます。 アヤソフィア ビザンチン時代にキリスト教会堂として建てられて、オスマン・トルコ時代にモスクとなった大聖堂。入場させてもらえなかったので外観だけ。 その後はグランド・バザールへ。日本語で「目の保養~。」だの「日本人ケチッ。私ケチ好き。」だの呼び込みしてきます。一番笑ったのが「貧乏プライスッ!」っていう呼び込み(笑) これは大爆笑しちゃいました。あと、お店の人がやたら触ってきたり、値切ったらほっぺにキスしてくれたらとか言ってきてねぇ。トルコの男性はちょっとエッチかしら?なんて思いました。 その後はホテルへ。 本日のホテルはコンラッド・イスタンブール。コンラッドの熊のぬいぐるみを姪っ子ちゃんに買ってあげようとおもったら、時間が遅くて事務所の人間が帰ってしまったのでわからないと。明日朝来るからと。しかし、私が帰国で明朝は早い出発なので買えなかった・・・。ん~ほしかったなぁ。未だに未練が・・・。
by pocoli
| 2007-04-19 02:20
| 旅のおもひで
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